« 3つのスーパー比較 | メイン | 毎週火曜日、「カリダール」での年金者組合の音楽の集い »
2006年02月26日
エスロブのハローワーク
2月21日(月曜日)
今日はエスロブにあるArbetsFormedlingen というところに行きました。Arbetsは労働という意味、つまり、
ここは職業安定所、ハローワークです。ここの所長さんのラルス・アンダーソンさんに移民の方の就労についてのインタビューをしました。
入り口は下の写真で、エスロブには平たい建物が多いのに、駅の近くにあるこのビルは縦長。10:00から開きます。
1階にあまり広くないロビーがあり、相談窓口があります。
事前に下見に行った時には10人ぐらいの人が情報をコンピュータで調べたりしていました。カウンターに座れるのは一人。
女性の係りの人が相談にのっている場面に出会いました。狭い螺旋階段を4階まで上がるとラルスさんの部屋がありました。
「エスロブの失業率は4%」とラルスさんから口頭で伺ったのですが、統計資料で確認するのでお待ちください。スコーネ地方の資料によると、
スコーネの失業率は4,4%(ただし、2001年のもの。measures を加えると 6,
7%)。スウェーデン全体では3,5%(同5,8%)。数値の取り方に違いがあるので、簡単に比較できないと思いますが、日本では、
2005年12月の完全失業率は4,4%です。もっと、人数が多いような気がしますが。
スウェーデンの職業安定所の仕事は失業手当を支給することより、 職業訓練をして技術を身につけてもらい職業紹介をするという積極的な労働市場政策をとっています。話を聞いていると、 ラルスさんの仕事は、 彼がキャリアを積み重ねてきた教育との関係が深いことがわかります。彼はこの仕事に着く前は、 エスロブの教育を統括する仕事をしていたからです。
また、移民の多いスウェーデンでは、 ハローワークの仕事は、即、移民問題と重なります。ラルスさんは「人間は仕事があれば、 気持ちよく生きられるもの」と語ります。また、若者の失業率が高いことも課題のようです。 学校を卒業した若い人はテンポラリーな働き方やパートタイムなどでまず働きます。自分が目指す勉強を続け、 きちんとした職業につこうとしていますからです。「本格的な仕事につくのは30代をすぎてから」 というのが通訳のシーマさんの意見。20代は勉強勉強ということになります。
移民、難民問題
ラルスさんは、
バルカン3国、
ソマリア、アフガニスタン、イラクから来る人が多いと答えました。ベトナム、チリ、ボスニア、コソボからの人もいると答えます。
エスロブの人口の17%が難民、移民の人々。これはスウェーデン全体の比率とほぼ同じということです。5人にひとりです。
「アメリカに多くの移民を送り出したことが、移民や難民の人々への理解につながりますか?」 という私の質問に、ラルスさんは「それも一つの理由です」と簡潔に語りました。実際、 私はサービスハウスで働くたくさんの難民の方々に出会いました。なかでも、バリア・ゴーデンという地域のサービスハウスでは、チリ、 パレスティナ、イラクの方々が働いているのを見かけました。彼らがアンダーナースの資格を取得して、 スウェーデンの人々と遜色なく働いている姿を見て、「これこそスウェーデン」と思ったものです。
難民が出始めたのは1989年のベルリンの壁に象徴される冷戦崩壊。地域紛争が多発したこと。 この状態は今でも続いています。多くの難民が生活しやすいスウェーデンを目指しています。外国人労働者受け入れの歴史は長く、 最初は移民から始まります。ロシア革命、ナチや共産主義から逃れた人々、 第2次世界大戦後の好景気における労働力不足により始まった積極的な移民労働者の受け入れ策に便乗してスウェーデンを目指したイタリアやオーストリアの人々などです。
ラルスさんの写真を撮り忘れました。こんど、付け加えます。 スウェーデンの雇用政策に関しては勉強が必要だと思いました。
投稿者 :rumi | 2006年02月26日 06:11